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自己犠牲

 高校2年生の時、現代文の時間に安部公房の『自己犠牲』という作品を読んで、感想文を書いた。安部公房独特のかなり“ぶっ飛んだ”難解な作品で、私のような読書嫌い・国語嫌いな人間には解釈に苦しむものだ。まず、この話のあらすじを紹介しよう。



 難破した船から救命ボートに乗り移ることがでいたのは、主人公の私(医者)、コック長、二等航海士のわずか3名だけだった。それから75日間の漂流のあと、奇跡的に私1人だけが生還できた。ところが、関係者の間では、生存者が私1人であったことについて何やらいかがわしい憶測をめぐらせていると聞く。べつだん、全面否定をするつもりはない。たしかに大きな犠牲が払われた。しかし最大の哀しむべき犠牲者は、ほかでもない、この生き延びた私自身だったのだ。

 私たちの最新ボートには食料品を除いたあらゆるものがあったが、食料の欠乏は決定的であった。カセットプレーヤーが捨てられ、薬がなめられつくした後、暴風圏から出たあと5日目、3人は共通の見解に立ち到った。つまり自分自身についてなら、食料とみなせるという見解だ。
 そして3人のあいだで論争が起こり、自分がいかに食料として適格者であるかを主張し、うまく主張しえた順に自己犠牲をなしとげていった。最初に二等航海士が死に、その肉を二人が食べて20日間も生き延びさせられてしまった。やがて再び食料が底をつき、飢え始めて5日目、私とコック長で論争をした末、コック長が死に、医者である私はさらに40日あまりを食いつながされてしまった。
 しかし私は今更、生き延びたことを悔やむのはよそうと思う。危機に際して、人間がいかに気高く、自己犠牲の精神を高させうるものか、まさにその点こそが、この短い講義を通じて言いたかったことの骨子なのだ。つらい犠牲を強いた二人の友を、私はとうに許してしまっている。
 
 話しおわって、聴講の学生たちを見まわすと、医者はメスを取り上げ、静かにぼくの解体作業にとりかかった。



 そもそもこのあらすじのまとめ方が正しいのかどうかさえも私にはわからない。文庫本でわずか8ページの作品なのに随分と長い要約になってしまった。
 ただ、3年前に書いたこの作品の感想文には、私の死生観が凝縮されているので、拙文ではあるが、一部抜粋してここで紹介したいと思う。



 『自己犠牲』の中で書かれている行為は、普通医者・コック長・二等航海士の3人のように自らすすんでやりたいと言うような行為ではない。しかし、この3人のように差し迫った場面に追い込まれたら、私たちはどうなるだろうか。
 5年半前(当時)、阪神大震災のニュースを見た時、私はこのように思った。被災者の方の中には、両親や兄弟姉妹など頼れる家族を失った震災孤児もいる。私がもし、震災孤児になったら、私もみんなと一緒に死ねばよかったと思うに違いない。
 『自己犠牲』に登場する3人は、私と同様に孤独になることを恐れたのではないか。人間は死のうと思えばいくらでも死ぬ方法はあるし、死を選ぶことが出来る。しかし生きることは選べない。人間は生きようと思ってこの世に命を授かるわけではないし、『死ぬ』という選択をしない限り生きなくてはならない。そこらへんが『生きる苦しみ』なのだと思う。この話では二等航海士とコック長は死を選択したが、二人の肉や脂を食べているうちに生き延びてしまった医者は死の選択をする前に救出されてしまった。そうして医者は、孤独の中を生きる苦しみだけでなく、いかがわしい憶測をめぐらされている中を冷たい視線に耐えながら生きなくてはいけないという苦しみをも背負っていかなくてはならなくなった。このような苦しみを背負わなくてはならないので、自らを『最大の悲しむべき犠牲者』と表現しているのだろう。



 今になって読み返すと、なぜ自己犠牲をする側の気高い精神性について触れていないのかとか、死んでいく恐怖や人肉を食べるということに対する倫理観の欠如を指摘していないのかとか、感想文としての弱さに気づいてしまうから恥ずかしいんだけどね…。(最後の2行の解釈については一応感想文では触れたんだけど、ここでは省略。)
 ただ私がここで言いたいのは「死ぬことは選べるけれど、生きることは選べない」ということ。世の中なかなか100%絶対ってことは存在しないけれど、死は絶対なものだと言える。生まれない生命はあるけれど、死なない生命はない。生まれてしまった限りいつかは死ぬのが生命の宿命。生きたいと思っても、生きられないことはある。確かに死にたいと思っても、死ねないことはあるけれど、死に逝く命にいくら抵抗しようとしたって、それには逆らえない。まあ医学の発達でだいぶ変わっては来ているけれど。
 生きることは苦しいこと。「生きる=死なない」ということ。「死」がパラダイスであるか、生きること以上に苦しいことかは、私にはわからない。ただ…
 イキルコトハツライコト…。

by kaori-Ux_xU | 2003-05-21 12:44 | thinking