太陽じゃないのに…

常にすべてのことに対して全力疾走で突っ走れる人っていうのは、
たぶんいないんだと思う。
誰だって疲れている時や休みたい時、悲しい時や不機嫌な時、
鬱になる時や泣きたい時はある。
もちろん私もそうだ。
世の中の人々には、みんなそれぞれに事情と心情がある。
そのような中で、全員が100%頑張れる状況でなくても、
お互いにその時々で補完しあい助け合いながら、なんとか世界はまわっている。

でも身勝手なもので、自分が100%頑張れる時には
周りの人に対しても100%であることを求めてしまう。
逆もまた然り。
自分がすべての基準になってしまう。そんな自分にだってブレがあるのに…。
なんでそんなに自分勝手なんだろう?
自分がそんな風に他人から思われたらイヤなのにね…。
自分は太陽じゃないのにね…。
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by kaori-Ux_xU | 2007-04-25 23:07 | thinking

帰って来る場所

とある人の日記を見ていて思ったんだけど、
やっぱりキャリアでいろんな授業をのぞいたり、
みんなそれぞれの方向へ進みながら学んでいっても、
帰って来て振り返る場所がある方がいいんだろうね。

キャリデ論で4年間の折り返し地点で『キャリアデザインの作り方』ってテーマで
4000字のレポートを書かせるっていうのは、
たぶんその振り返り方法として機能させようとしているんだと思うけど、
レポートって自己完結だし、先生から返って来ないし、
それじゃ他の人と突きつけ合わせる機会もないからね…。

入門ゼミって今は1年生だけだけど、
本当はあのメンバーで2年次以降も半年に一度くらいでもいいから集まって、
その時々の振り返り作業をしたり、抱えている不安を出し合ったりして、
4年間同じメンバーで継続的にやっていければBestなんだと思う。

でもなぁ…自分の場合入門ゼミはメンバーがメンバーだっただけに
相当精神的にやられたしなぁ…。。。
本当はアイデンのメンバーで
そういう関係になれるように築いていきたかったんだけど、
残念ながらそんな風にはなれなかったし…。。。うむ、難しい…。。。
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by kaori-Ux_xU | 2007-01-13 16:36 | thinking

不安は当然!でも焦らない!!

mi先生が学ぶ姿勢を身につけるってコトについて
2つ前の記事に対してコメントしていたので、
それに関連して思ったコトを…。


昨日の話し合いでも人間力と専門力について話題になったけど、
当たり前なコトだけど人間力と専門力は
別個のモノではなくて相関性があると思うし、
人間力っていうベースがあるから専門力が伸びるって側面もあるし、
専門力の育成を通じて人間力がはぐくまれるって側面もあるんだと思う。
で、うちの学部は『人間力+専門力が育ちます』ってPRしているけれど、
実際にはわりと人間力に偏っていて
専門力が身につかないんじゃないか?ってのが不安っていうのは
昨日の話し合いで出た学生からの意見にもあったし、
私も確かに感じている部分。
実際ゼミ選びの時に、将来鉄道業界に行きたいって思ってるから
経営系のゼミにしようか迷ったんだけど、
うちの学部で経営系のコトを学んでも
経営学部や商学部でじっくり学んでいる人と
太刀打ち出来るようなレベルにはなれないんじゃないか?って不安があったし、
実際にとあるゼミを見学に行ったら正直レベルが低くて
これじゃ無理なんじゃないか?と思って
ゼミ紹介イベントでそのゼミのブースに行って聞いてみたのね、
「経営学部ではなくキャリアデザイン学部で
ゼミでそのテーマを学ぶ意味って何ですか?」って。
そしたらゼミ生はその問いに対して答えられなくて
代わりに先生が答えて下さったんだけど、
ゼミ生がその問いに答えられないのに
そのゼミで現在学んでいるって実情に危機感を感じたし、
先生の答えもいまいち腑に落ちなかったんだよね。
それだったら経営学部とかの方が専門性が高い分野を学ぶよりも
キャリアデザイン学部でしか学べないことを学んだ方がいいだろう、と思って、
最終的にはmiゼミを選んだってのも
実はmiゼミを選んだ理由の1つなんだよね…。

…ってかなり辛口な余談が長くなっちゃいましたが…。。。


だからと言って、専門性を身につけたいとばかり思っても、
果たして専門性を身につけられるだけの素地があるのか?
ただでさえ高校と大学っていうのは
発想の転換も学び方の転換を求められるのに、
いきなり専門性を身につけることを求められても、
それじゃ学び方がわからないから身につかないんだよね。
私の前の大学なんてまさにそういう状況で、
キャリアでいう基礎ゼミみたいな学び方を学ぶ授業はないのに、
いきなりわけのわからない必修の政治学とか政治学基礎演習とかあって、
もう私は何すりゃいいのか全然わからなくて困ったもんなぁ…。。。
キャリアアドバイザーや先輩など相談出来る人もいなかったし、
入門ゼミみたいな場で政治学科で学ぶ意味を確認するようなコトもなかったし。

そんなコトもあって学び方を身につけることが
まず必要になってくるワケですが、
学び方って身についても、当たり前のようなスキルだから手ごたえが得にくい。
「自分はこれを身につけたんだー」っていうのが。
対称的なのは資格だよね。
これを学びました。何級という結果を得ました。って形になる。
自分でも意識してなかったけど、聴講に対して証が欲しいって言ったのも、
そこら辺に由来してるんだと思う。
そんなコトもあってキャリアにいるとますます不安になるんじゃないかな?
広く浅くいろいろ学んでる気はするけど、
じゃあ自分に何が身についてるんだろう?って。


学び方を身につけるのは重要。
学び方さえ身についていれば、その力をその後如何様にもいかして、
自分の力でさらなる力を身につけられるようになると思うから。
でも、キャリアデザイン学部は学び方を身につけるための学部なの?って問われたら、
それも違うと思う。
そもそも大学ってそんなコトをやる場所なの?って気もするし。
大学って学問の場であって、本来そういう学び方っていうのは
高校までの段階で身につけてこなきゃいけないものなんじゃないの!?って。
今の大学生って自分も含めレベルが低くて情けないって気もする。
でもその部分が高校までで身についていないのが現状だから、
そこの部分から大学で手取り足取りやらないとどうしようもないってのもあるし…。



う~ん、何が言いたいのかよくわからなくなってきた…。。。
でも、最後に…2コ前の記事で書いたこととかぶるけど、
みんなやっぱりキャリアデザイン学部で学んでいて
多かれ少なかれ不安はあると思うのね。
私も不安はあるし。
だけど、今自分に力がついているかわからない、とか、
今『キャリアデザイン』の意味がわからない、とか、不安に思っていても、
そう不安に思うのは途中段階であれば自然なことであって、
最終的にわかればいいと思うんだよね。
答えって簡単にわかっちゃったら味気ないし、
簡単にわかるような答えばかりじゃ考えていたって考える甲斐がないじゃん。
そうやって彷徨いながら揺れながら答えや結果を見出していくのが
楽しいんだと思うし、そうすることによって成長出来ると思うんだよね。
だから、不安に思っても、焦らないでいいんだと思う、絶対に。

…ってのはちょっとマイペースすぎるのかなぁ…???

あ~、なんか全然言いたいことがまとまってなくてゴメンナサイ。
また思いついたらいろいろ書くかも?
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by kaori-Ux_xU | 2007-01-13 15:10 | thinking

一人反省会

本日は午後から学校行って、授業1コマ出て、
その後、学部の授業をよりよくしていくために学生と教員が話し合う会に出席。
いやぁ~、今更思ったけど、まずこれってすごい試みだよね!!
今でこそキャリアにどっぷりになっちゃってるから
学生が先生たちに物申すのは当たり前な気がなんとなくしちゃってるけど、
前の大学だったらこんなこと考えられなかったもん!!
前の大学の時は教授と話したことなんて全然なかったし、
研究室なんて一度も行かなかったもんなぁ…、一年間通ってたけど。

まあそんなこんなで初めて教授も学生も20人くらいずつ出席して
話し合うという貴重な機会が催されて、私も参加させていただいたのですが…

本当にすみませんでした!!

貴重な話し合いの場だったはずなのに、私が完全にぶち壊して、
会議の本来の趣旨とは違う方向の内容へと導いてしまった…。。。
単に事実確認の質問としてとどめておけばよかったんだよね…。。。
あの場は新カリキュラムについての質問会ではなくて、
学部をよりよくするにはどうすればよいかの話し合いだったわけだし
(まあ学部の改善と新カリの導入は大いに関連があるけど)、
聴講なんて別にやる気のある学生しかどうせしないワケじゃん。
もっと全体的な話題について話し合うべきだったんだよね…。。。
嗚呼、穴があったら入るどころか埋まってしまいたい心境だ…。。。
本当にあの場にいたすべての方に申し訳ないことをしてしまった…。。。
すみませんでした。


そんなことを書いた後にこんなコトを書いたら言い訳っぽくなるんだけど…、
でもね、やっぱり私は新カリについて
現在在学していて来年も在学する現1~3年生に対して
学部は説明責任があると思うんだよね。
だって個人的には新カリについて話を耳にすることはあるけれど、
オフィシャルな形は未だに一度たりとも説明されてないんだよ!!
「来年から新カリキュラムになるらしい…」くらいのレベルでなら
みんな知ってると思うけど、
「じゃあ今までいるうちらは新しいカリキュラムに沿って
授業をとらないといけないの?」とか、
「今まであった授業はなくなっちゃうの?」とか、
「新しく出来る授業も卒業要件単位になるの?」とか、
「他学部履修も出来るようになるの?」とか、
みんな知らないだろうし、私も知らなかったし。
みんな今までキャリアデザイン学部で学んできて、
これからもキャリアデザイン学部で学んでいくのに、
カリキュラム改訂で自分の今後がどう変わるのかってのは不安だと思うし、
実際に不安で気になっていたから、
今日の話し合いの場でもあんな風に爆発しちゃったんだと思うんだよね…。。。
だから、一度学部側・教員サイドから現1~3年生全員に対して
新カリキュラム導入についての説明会があって、
それとは別モノという捉え方で今日みたいな改善のための話し合いがあれば
本来はよかったんだよね。
必修授業を1週つぶして、その時間に新カリの説明をしてくれないのか?ってのは
ずっと気になっていたし、
3年生の過ごし方ガイダンスよりずっとそっちの方が重要だと思ったんですが…。

まあでもあれだな…今日の話し合いを通して実感したのは、
やっぱり1~4期生はモルモットだわ(爆)!!
あと“制度上”って壁はどうしようもないし理不尽だし難しいね…。。。


あ、そうだ!
あと別にmiゼミ生だからmi先生の発言を肯定するってワケじゃないけど、
『キャリアデザイン』って言葉の意味は、
別に1年生や今の時点で明確に自分の中で定義出来ていなくてもいいと思うし、
出来ていなくてもそれは恥じることではないと思う。
卒業するまでに沢山の授業や経験や人との交わりなどを通じて
何らかの自分なりの答えが見えればいいわけで、
わかるようになるまでのプロセスに意味があるんだと思う。
簡単に答えを求めすぎなんだよね。
ただ、『キャリアデザイン』ってことや
『キャリアデザイン学部で学ぶ意味』っていうのは、
常に自分自身に問いかけながら学んでいかないといけない気はする。
で、そうやって常に考えることによって、
あらゆるものが自分の中で結びついていき、
キャリアデザインマインドの発達につながるんじゃないのかな?
まあ最後の方は自戒もこめてな部分だし、
私自身まだまだ未熟者なんでよくわからんですが…。。。
そしてよくわからんが故にキャリデ論のレポートも途中で止まってるんですが…(爆)。
いや、それは正確にいえば逃げてるだけなんだけど(猛爆)!!



実は昨日も学部の受験生向けパンフとDVDについて
学生からの意見を聞く会に出たから、
2日連続で学部関係の会議に出たんだけど、
なんかはっきりとした意見を持ってるわけでもないし
そんなに学部に対して不満があったり
こうしたいってのがあったりするワケでもないのに、
行き当たりばったり的にそういうのに出て発言しちゃってるのは
いろんな人に失礼だし問題アリだなって気がしてきた。
むやみにあれこれやるのはよくないな、こりゃ。
あとあれだ…私、話し方がたぶんすごく感じ悪い(爆)!!
間違いなく挑発的で生意気な奴だって思われてるわ…。。。
自分でも「なんか上からモノ申す的態度で感じ悪いなぁ…。」って思っちゃったし。
うん、気をつけよう…。。。



本当はその後に出たキャリアデザイン学会についても書きたいんだけど、
長くなってきたので記事を改めます。
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by kaori-Ux_xU | 2007-01-13 03:11 | thinking

派遣という働き方・働かせ方

メリークリスマス☆
…はもう終わってしまいましたが…(苦笑)。。。
はい、今日は一年で一番ケーキが売れない日(たぶん)、12月26日ですね~w
みなさん、幸せなクリスマスをすごせましたか?
私はバイトでしたが、何か?

続きを読む
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by kaori-Ux_xU | 2006-12-26 13:56 | thinking

プロパガンダに踊らされるな!!

すごい!!おかいものクマのスキンが増えてるよ、エキサイトブログに!!
おかいものクマ、私かわいくて大好きなんだよね~☆
毎年「おかいもの♪おかいもの♪」のCM見るの楽しみだし♪
おかいものクマのぬいぐるみも欲しいんだけど持ってない…。。。
誰か誕生日にちょーだい(笑)!!!



執筆欲が再びわいてきたので、
なんだかんだで前回の日記に書かなかった話を…。。。




うちの学部にO先生っていう学生の絶大なる支持を集める教授がいる。
テレビにもよく出ている有名教授ってこともあって
授業は毎年大人気!!
まあかくいう私もとってるんですが…。。。

でもね、私はO先生に対して疑問をいだいている。
みんな手放しにO先生の意見を受け入れているけれど、
私はそれでいいのかな?って気がするんだよね…。。。
結構O先生って授業で主義・主張をおっしゃっているけれど、
中には「んっ!???」って思うようなことも結構おっしゃってる。
でもみんな「うんうん」ってうなづいているでしょ?
前の授業で学生に書かせた意見をピックアップして
毎回授業でプリントにして配っているけれど、
そのプリントだって毎回先生にとって都合のいい意見しか載っていない。
本当に先生にとって都合のいい意見しかみんな書かないのか
先生が都合のいい意見しか載せないように選んでいるのかはわからないけれど、
それってものすごく危険なことなんじゃないか!?って気がする。
この間むとーさんもブログに「大学の授業というのは
教授の理論を教え込まれているのではないか」って書いていたけれど、
ホントその通りなんじゃないか!?って思う。
授業って教授にとって実はプロパガンダの場でもあるんじゃないの!?って。
教授の主目的はあくまでも大学という環境で研究することなワケだから、
授業という場で支持者を集めて、一緒に研究する仲間を集める…みたいな?
ま、ちょっと極論だけど…。。。

まあそんなこんなで、私は基本的にO先生は悪い先生だとは思わないけれど、
O先生の授業を受けている学生の姿勢には疑問を感じるのです。
だってみんな「O先生、かわいい~♡」って言って
O先生ならなんでもありみたいになってるけれど、
「かわいい」は何の理由にもないだろ!!って。
確かに私もO先生はかわいいって思うけど(笑)、
なんか中高時代とかも「かわいい」って理由だけで
もてはやされていた先生がいて、
私はすごくそれがイヤだったなぁ…。。。
ましてやもう大学生だよ!!もっと本質に目を向けようよ!!

あとね、O先生の授業を受けると、いつも釈然としないというか、
どこかもやもや感が残る。
いじめや不登校の根本にあるものとか心理状態はよくわかるし
自分一人じゃ気づかないようなことに気づかされて
さすが分析が鋭いな、って思うよ。
不登校とかひきこもりとかって問題行動ではなく青少年が発するSOSであって、
それをしっかり受け止めないといけないって思う。
でも、そうやってたとえば不登校・学校に通わない権利を認めていたら、
学校に通うことの意味って一体どうなるんだろう?って。
学校の存在意義って一体何なの?
なぜそれでも学校に通わないといけないの?って思ってしまう。
そんなのを認めていたらだらけで学校に行かないのも
認めることになりかねないんじゃないの?って気も…。
そこの疑問については授業ではわからない。
だから先が見えないんだよね…。



O先生の話ついでに…
O先生がコメント出演した先週の「奇跡体験アンビリーバボー」を
遅ればせながらHDDで見たので、その感想を…。

中学卒業から12年、斎藤(仮名)は自ら幹事として初めての同窓会を企画した。
中学時代の斎藤はおとなしい生徒で、幹事をしそうなタイプではなかったが、
1人でも多くの人に参加してもらえるよう
出欠の返信が来ない人へは直接電話したり、
場を盛り上げるために珍しいヨーロッパのビールを用意したりと
完璧なる幹事ぶりだった。
しかし、それは斎藤によって周到に準備された大殺人計画だったのだ。
ヒ素入りのビールで乾杯し、精巧に作られた爆弾が最後は爆発し、
出席者全員が死ぬという壮大な殺人計画だった。
だが、この殺人計画は、未遂に終わった。
実行の2日前、斎藤の母が息子の不審な行動に気づき、
部屋に入ったところ、殺人計画書を発見し、
斎藤の身柄が警察に取り押さえられたからだ。
それでもせっかくの同窓会に水をさしてはかわいそうということで、
何も知らされることなく同窓会はとりおこなわれ、
何事も起こらずに終了した。
そして同窓会参加者に斎藤の殺人計画が知らされたのは
同窓会の翌日だった。
知らされた内容で殺人計画以上にショッキングだったのは、
斎藤の犯行動機だった。
なんと斎藤は中学時代に受けたいじめの復讐として
恐怖の同窓会を企画したのだ。
それも、高校は農業高校の食品化学科、さらに工業大学へ進学し、
就職先は化学薬品を扱う会社、と
薬品や爆弾についての知識や材料を得やすい環境を選んでおり、
人生をかけた復讐だった。
だが、出席者の大半は斎藤がいじめられていたという認識はなかった。
そして、そこにいじめの本質がひそんでいる、と
O先生は警鐘をならした。
いじめというのは加害者にとってはふざけであったり無視であったりと
直接手を加えるわけではないけれど、
被害者にとってはそれがいじめで深く傷つく。
加害者と被害者との認識のずれにいじめの本質がある、と。


中学時代にいじめられた所から始まって、
それからの人生がすべて「いじめの復讐」ってベクトルに向かってしまったのが
すごくかわいそうだよな…って。
それほどまでにいじめって人を傷つけるものってコトなんだけどさ…。
だって所ジョージも似たようなことを言っていたけれど、
いじめている側にしてみればいじめられたことに翻弄されるなんて
してやったりなワケじゃん?
12年以上、斎藤は自分をいじめた奴のために生きているんだよ!!
それってすごくむなしいよな…って。
なんで彼自身の人生を歩めなかったんだろう?って。
いじめるような奴なんて
どうせ他人をいじめることによってしか
自己の優位性を認識出来ない奴なんだから
そいつをいじめ返すなんていじめる奴と同レベルじゃん?
もっと斎藤自身の人生を楽しんで充実させて、
かつていじめていた奴がうらやむくらい充実した生活が送れれば
それで復讐出来たことになるじゃん?って思うんだよね。
まあ、結論としては、
今いじめられている人はつらいかもしれないけれど、
どうせいじめてくる奴はロクでもない奴なんだから、
そんな奴は見下して、自分は自分でやっていきゃいいじゃん!?ってコト。
なかなか実際にはそんなにうまいコトいかないとは思うけどね…。。。



なんかだんだん話がまとまらなくなってきたので強制終了(爆)!!
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by kaori-Ux_xU | 2006-06-30 12:42 | thinking

言葉に伴う責任

「がんばれ」って言葉は
突き放す言葉だからあまり言うのはよくない言葉だって
前にある友人から聞いたことがある。
そうは言ってもついつい使っちゃう言葉だけど…。。。


今日の1限 教育相談はやる気の発達について。
「がんばれ」って言葉が意味するのは
「努力すれば報われる」ってコト。
でも、がんばってもいつまでたっても出来ないと、
努力しても無駄だと思ってしまう。
(=獲得された無力感、学習性無力感)
「がんばれ」って言葉とともに成功経験が伴わないと
やる気へとはつながらない。

じゃあどうやって成功経験を与えるか?
テストで30点しかとれない子に
いきなり100点をとることを求めても
それはなかなか難しい。
その子の現在の実力をはかり、
現在の水準から最も近い将来到達しうる目標を与えることによって
成功経験へと導くのだと言う。(=最近接領域理論)


「がんばれ」って言葉は相手を突き放す言葉。
だから言い捨ててしまったらものすごく残酷な言葉だよね…。
だけど本当は、「がんばれ」って言葉を発することによって、
私たちは相手を成功へ導くまでの責任を負わなくてはならない。
「がんばれ」って相手を突き放すのではなく、
こっちも一緒に成功へ導けるようにがんばらなくてはならない、
「がんばろう」なんだよね、きっと…。。。
いちいちそんなにかまっていられるほどの余裕はないし、
すべてにそれだけかまっていたら
自分が持たないよ、って思うけれど…。。。

じゃあ余裕がないくらいなら
軽々しい気持ちで「がんばれ」なんて残酷な言葉を
言わない方がいいのか?
でも「がんばれ」って言葉がなかったら
私たちは何て言葉をかけられるのか?


う~ん…難しいなぁ…。。。
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by kaori-Ux_xU | 2006-06-14 12:08 | thinking

10%の力でこなす余裕

火曜は授業が午前だけなので、午後からサークルの部室へ。
遅ればせながらようやくGWにあった合宿のお披露目の録音を聴いた。
うちの春合宿では毎年1・2年生は「MAMBO No.5」と「TEQUILA」と
「The Chicken」の3曲をお披露目で先輩やOB・OGの方を前に演奏して、
中でも「The Chicken」ではソロ回しをやって全員がソロを披露するのね。
で、それを聴いたんだけど…改めて凹んだ…。。。
私のソロ、ひどすぎ…。。。全員聴いてみると、2年生の中で私が1番ひどい…。。。


こういう話をするのは言い訳がましくなっちゃうからイヤなんだけど、
今回のソロは自分としては結構頑張ったハズだった。
わからないなりにコードを調べてちゃんと使える音やスケールを考えて作ったし、
盛り上げ所や歌いも考えていろいろこだわったし、
合宿前から多少作っていたからソロを作り上げたのが早くて
他の人よりも沢山ソロ練をしていたハズだった。
自分の中ではかなりイケる自信があった。

なのに、本番では…
あれだけ綿密に作っていたハズのソロは吹っ飛び、
緊張と焦りとビールの酔いとで口も指もまわらなくなり…。。。
練習で出来ていたことが全くと言っていいほど出なかった。
自己採点するならば100点満点で3点。
フラジオが当たったのが唯一の救いだった。
今回ほど悔しい本番はなかった。

あれだけ自信があったのに全く出来なかったことは自分が一番わかっていたので、
本番後ソロについて褒められるのがつらかった。
「こんなハズじゃなかった」って悔しさが私を支配していた。
帰りのバスの中でも、寝ているフリをしながら
「この合宿って私にとって何だったんだろう?」って振り返っていたら
涙が止まらなかった。


まあそんないわくつきのソロだったワケですが、
改めて録音を聴いてみると、録音でもわかるくらい
緊張と焦りがフレーズにもろ出ている…(凹)。。。
はぁ…マジ凹むわ、これ…。。。




こうして凹みきった後、DIMENSIONのDVD発売記念インストアイベントへ。
そこで質疑応答のコーナーがあったんだけど、その時にこんな言葉が。

「いい音楽をするには、自分の持っている力を100%出そうとするのではなく、
 出す(技術的な)力は1~2割くらいにしておいて、
 残りの8割のエネルギーは曲の世界をより表現するのに費やす。」

そっか、そこだったのね!!と思った。
私があの時練習では出来ていたソロを吹けなくなってしまったのは、
私が持っている技術を100%使わないと吹きこなせないソロだったから。
余裕が全然なかったってことなんだよね…。。。
知らず知らずのうちに、自分が持っている技術をひけらかしたいって思いが
あったのかもしれない。


それは何も音楽に限った話ではない。
今読んでいる『働きマン』っていう漫画にも
こんな台詞が出てくる。

「ぶつかっちゃダメです、かわすんです。」

何事にも正面からぶち当たるのではなく、ちょっと力を抜いてかわしてみる。
自分の身の丈がわかっているからこそ出来る大人の行為。
そのくらいの余裕が持てる大人にならないとね…。。。
余裕がないと見えなくなっちゃう部分って沢山あるし。
今の私は精神的に不安定すぎて、すぐにバランスを崩しちゃうからなぁ…。。。



でも10%のテクニックで余裕を持って曲やフレーズを吹けるようになるには、
ただでさえ技術がない私の場合ベースアップがかなり必要なんだけどね…。。。
精神のバランスもさることながら、
まずは楽器のバランスが絶対におかしいから治したいし…。。。
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by kaori-Ux_xU | 2006-05-17 01:41 | thinking

資生堂「TSUBAKI」

資生堂「TSUBAKI」のCMスゴイよなぁ~。
めっちゃお金がかかっている感じだし!!
まあ私は基本的にテレビをあまり見ない人だけどさ、
この間たまたま偶然見た「おしゃれイズム」で1分半の間6バージョン連続で流れたのには
さすがにビックリしたわ(笑)!!
こういう時代性と戦略がこめられてるんだとさ。
なるほどねぇ~、メガブランド構想と日本美かぁ~。
なんかマーケティングと文化の授業っぽいけれど、
CMや広告の裏側にこめられた戦略に想像をめぐらすのっておもしろいよなぁ~。。。
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by kaori-Ux_xU | 2006-05-14 03:12 | thinking

憧れと模倣、そして生まれるアイデンティティ…

今週のR25にみうらじゅんのインタビューが載っていたんだけど、
すごくいいコトを言っていたので、以下引用。


「人に憧れてマネをしてなりたくてやってみて、でもなれない。
 自分探しっていいますけど、そんなの探しても見つからない。
 この人にもなれないあの人にもなれないって、なくしていった末に、
 これにしかなれないっていうところがある」


そうなんだよね、いくら憧れたって嫉妬したって
その存在に近づくコトは出来ても、
その存在に成り代わるコトは出来ない。
憧れと憧れるのになれないもどかしさとの間で
もがきながら苦しみながら築かれていくモノが
その人らしさ、アイデンティティなのかもしれない。
だから結局、憧れの対象にはなれない自分へのいい意味での妥協と自分を愛することが
“自分”という人間を
誰かの模倣ではなく、“個”という存在として確立していくことにつながるのかもね。



そういえばこの間、プロトランペッター志望の先輩から
こんなお話を伺った。

音大のジャズ科に通っていても、
みんなやっているコトはチャーリー・パーカーのコピーばかり。
それでジャズをやっている気になってしまっている。
でもチャーリー・パーカーなんて60年も前のジャズミュージシャン。
チャーリー・パーカー後、ジャズは進化していないのか?
チャーリー・パーカーだけがジャズなのか?
確かにチャーリー・パーカーの功績は偉大だ。
でも、チャーリー・パーカーのコピーをしているだけなら
それはただの真似事にすぎない。
今の時代の自分にしか出来ないジャズを
なぜやろうとしないのだろうか?


そうなんだよね…別にそれは音楽に限った話ではないんだけど。
たとえば好きな異性に自分の思いを伝える時にどう言えばいいか?
「愛してる」
「あなたのコトが好きです」
「君と一緒にいたい」などなど…。。。
ひとつの思いを伝えるのにもいろんな言葉を使うコトが出来る。
何も言葉で伝えなくてもいい。
ボディランゲージで伝えてもいいし、
音楽や絵で伝えてもいいし、
目で伝えてもいい。
そういうボキャブラリーや手段を増やしていくために
私たちは憧れたり真似をしたりするワケで、
最終的には自分の言葉や方法で思いを伝えることになる。

音楽の話に戻ると、チャーリー・パーカーのコピーは大切だと思うけれど、
それが最終的な到達点ではない。
チャーリー・パーカーのフレーズや歌いまわしを
自分の中にストックしていくコトによりボキャブラリーを蓄え、
最終的には自分の歌を自分らしく歌うのが到達点なんだと思う。
それがその人らしいその人にしか出来ない音楽になるんじゃないかな?



だから自分探し自分探しっていうけれど、
最初から自分らしさなんて存在しないし、
簡単には見つけられない。
はじめは真似だっていいと思う。
憧れたり真似したりするコトによって
確実にキャパシティは広がるから。
自分らしさを探すのはそれからでも決して遅くないハズ。
そして、自分らしさが見つかった!と思っても、
自分らしさは日進月歩、時とともに変わり続けるモノ。
そうやって自分という唯一無二の存在は
日々成長しつづけるんじゃないかな?



偉そうに綴っていても、
私だって何もわからないけれどね…(苦笑)。。。
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by kaori-Ux_xU | 2006-03-10 22:30 | thinking